同情するなら愛をくれ


 まず、女に振られた。
 男と軽い口付けをした程度で怒り出すような、身持ちの堅い女だと大庵は認識していなかった。けれど、ガリュウとの場面はバッチリと見られていたらしい。
 その後の逢い引きで、別に深い意味なんかねぇよと告げる大庵に、『私、敵わないわ。お幸せに』と涙ながらに走りさられた彼女を、引き留める事も出来ずに見送った後、バンドのメンバーにも三行半を突き付けられた。
 仲間達が口にした台詞を要約すれば、『お前は俺達には勿体ないぜ、俺等の事なっか忘れて、頑張ってくれ。ずっと、応援しているぜ』…といったところだろうか。
 どうしてそんな事になってしまったのか、大庵には納得出来る事などひとつも無い。
 ほぼ一夜にして、仲間も恋人も自分の側を去ってしまったのだ。つまるところ、大庵の横にはたったひとりの男しか残らなかった。

「おい、ダイアン。」
 両手を腰にあてて、仁王立ちをするガリュウ。
綺麗な眉の間には深い皺が出来、不機嫌そのものの表情だが、大庵だとて負けず劣らず表情は暗い。
「んだよ、ガリュウ…」
 練習する為に借りたスタジオのパイプ椅子に座り、組んだ長い脚の上に置いたギターから、大庵は両腕を外した。支えを無くしたそれは、胸物に倒れかかり小さな摩擦音をたてる。
 ちなみに借りたのは大庵で、そこに現れた響也がちゃっかり付いてきたのだ。

「さっきから音が外れまくりじゃないか、真剣にやってくれないと困るよ。」
「…わかりゃしねぇって、んな些細なミス…。」
  ボソリと呟けば、端正な表情はいっそう不機嫌に歪む。
「わからないって、誰に? 僕にはわかるよ。三小節も、その次も必ず音が外れた。それに、追求しないってことは、ダイアンだって、間違ったって事がわかってるんだろ!?」
 ほら、ふたりもわかってるじゃないか!
 理論武装されて、大庵の反論は封じ込められる。まぁ、確かにガリュウの言う事は正しい。と大庵は思う。
 観客の為に歌う、奏でる。それは、確かに間違ってはいない。けれど、観客がいなくても、自分は音を出したいと思うだろうし、実際そうだ。奏でたいものを奏でられるかどうか、判断するのは自分自身。その基準が甘くなれば、演奏の質が落ちるだろう。

「うるせえ、奴。」
 ボソリと呟き、ミスったコードをなぞらえる。腕組みをして、目を眇めて聞いていたガリュウが弾き終わった途端、破顔した。
 笑顔が綺麗だとか、断じて思わねぇ。
「ほら、出来るじゃないか。」
「先公みたいなこと言うんじゃねぇ。」
 
 けど、お前は直ぐに楽な方へ楽な方へ流される。だからこそ、お前は頭が良いんだよ。馬鹿は、教えられた事以外は出来ないんだからな。

「あ〜久しくガッコ行ってないなぁ。」
「credit…単位足りてるのかい?」
「計算はしてるからな。一応、卒業はしたいし…。」
 ふうんと頷き、響也も椅子を引っ張ってきて大庵の横に座る。何をつま弾くでもなく、弦を弾き声を掛ける。
「卒業して、college…universityえと…」
 どうも、響也は帰国子女か留学生の類らしく、内容を察して話を続けてやらないと
直ぐに会話に空白が生まれる。沈黙の居心地は悪くないけれど、声が途切れるのは寂しく感じた。
 
「大学は行かねぇ。俺は勉強は嫌いだ。」
「じゃあ「policeman」」
 にやりと笑う大庵の顔を響也は目を丸くして見つめる。吃驚した表情の響也が可笑しくて、どうにも笑いが止まらない。
「発音あってるか? policeman、警察官になるんだよ、俺は。」

 Wow! That's wonderful!

 洋物の映画で俳優が口する言葉が、その形よい唇から漏れると同時に、響也は大庵に抱き付いた。

〜To Be Continued



content/